1: 名無しさん 2018/08/13(月)11:57:19 ID:w79
215 名前: ペラルゴニウム(鹿児島県)[] 投稿日:2009/04/28(火) 12:12:34.06 ID:Fpex95EJ
イタズラではないけど幼稚園か小学生になったばかりの頃、近くに埋め立てた釣り堀があって
有刺鉄線の隙間から友達と入って遊んでたら埋められたシラスの釣り堀の池が底なし沼み
たいになっていて自分は足がズブッとなった瞬間に怖さを感じて離れたけど友達は既に膝を超
えて沈んでいた。大人を呼べばよかったのに自分は何か恐怖を感じて家まで走って帰った。
その後に友達が行方不明になったっていう事で大人たちが大騒ぎになったのを覚えていている。
実際に友達は見つからずにみんなを集めて先生が説明をした記憶がある。
大人になった今考えるとなぜあの時に釣り堀に沈んでいったって事を誰も考えつかなかったの
だろう。今は区画整理もされ釣り堀の場所がどこだったかもはっきりしないけど埋め立てや造
成の時に見つかったって話も聞かない。そのまま埋まったままなのだろうか。
たまにこの記憶がパッと頭に浮かび心臓がバクバクなる。今から30年ほど前のことなのに。

引用元:http://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1534129039/



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5: 名無しさん 2018/08/13(月)12:01:02 ID:vu8
成人式の為に買ってもらったスーツを着て
かっこいいと言われ、何枚も写真を取られ
車で会場まで送ってもらい
「友達と飲むだろうけど、イッキなんてしたらいかんよ?
 遅くなるだろうから気をつけて帰ってらっしゃい」

そう言われた後一人で会場を一周し、中に入ることが出来ず
友達と飲みに行くことになっている手前、そのまま帰ることも出来ず
夜まで時間つぶすためにその足でスロット店へ行き
親からもらったお年玉を使い切るのに2時間も持たず銀行から下ろした8万も消え

どうしようもなくなって、夕方頃に家に帰り
人が多すぎて友達と会えなかったと言う俺に
母さんは、じゃあ夕飯ちゃんとしたもの作らなきゃねと言い

俺は震えて声も出せないほど泣いた

8: 名無しさん 2018/08/13(月)12:02:08 ID:vu8
入学したての頃、俺は初めて学食に行ってみたんだ。もちろん一人でね。
慣れない食券システムにに戸惑いつつも、俺はウキウキした気分でハンバーグ定食を購入した。
定食を貰って、席に着こうとしたんだが、もうすでに満席。
一見空いているかに見える席も、DQNどもが荷物を置いて席取りしていた。

今考えたら混雑した昼時に学食に行ったのが、全ての間違いだったんだ…
俺は焦った。とりあえずどこか席が空くのを待ってみたが、一向に空かない。
明らかに食事を終えている奴らも、友人と会話をしていて席を立とうとしない。

俺はハンバーグ定食のお盆を持ったまま、その場に立ち尽くしてしまった。
どうしようもなくなって錯乱してしまった俺は、近くの調味料や飲み物が置いてある台に、
持っていたハンバーグ定食を置き、その場で立ち食いを始めてしまったんだ。

俺のあまりに滑稽な姿に、周りの奴らが笑っているのに気づいた。
中には俺の姿を写メールで撮影し始めるDQNもいた。
俺は半泣きになりながらハンバーグ定食を急いで食べ終え、逃げるようにその場を去った。

あれ以来2度と学食へは行っていない…

10: 名無しさん 2018/08/13(月)12:03:08 ID:vu8
小さいころ新聞に折り込まれた広告を見ると近所に出来た
電気屋さんの開店セールのチラシが入っていた。

そのチラシには「開店記念、ホットプレートで作った焼きそばを無料配布」の文字が!
焼きそばが大好きだった俺は、タダで焼きそばか食べられるのかとワクワクしながら
弟と一緒に電気屋の前まで行ったが電気屋の近くまで来た時に目にした光景は
閑散とした客誰一人としていない店頭で一生懸命呼び込みをしながら
焼きそばを小さなホットプレートで  焼きつづける電気店主夫婦・・・

子供の目にもあまりにも寂しい雰囲気だったので「焼きそば下さい」と
店の前まで行く勇気が湧かず弟と一緒に遠巻きに電気屋を見て、そのままそそくさと帰宅した。

それから月日は経ち電気屋は無くなった。

14: 名無しさん 2018/08/13(月)12:04:49 ID:vu8
バイト先に彼氏いない歴25年らしい大人しい子がいた。
局の子にお昼おごらされたり、
派遣社員の子から高額なマルチ商法の商品買わされたりしてた。

皆が「アイツはお人好しだから何言っても絶対断らない」と
学生のイジメのようにバカにして嫌な事押し付けたりしていた。

もともとその子を優しくて良い女だと好感を抱いていた上に
この子なら断らないかもと思った俺は彼女を休日に食事に誘ってみた。
生まれて初めて女性からOKをもらい、嬉しくて店を色々調べて下準備し、
当日は思いきりお洒落してピカピカに洗った車で迎えに行き、
頑張って話を盛り上げてご飯を御馳走し、家まで送り届けた。

とても楽しくて何度も誘った。彼女も楽しんでくれていると思った。

段々好きになって今度告白しようと決心して食事に誘った時、
「本当はずっと嫌だった。もう誘わないで欲しい」と言われた。

彼女の顔は気の毒になる位必死だった。きっと決死の思いで言ったのだろう。

「ほら~!麻衣、ちゃんと断れるじゃないですか!
今度から嫌な事 頼まれたら、今みたいにビシッと言えよ!
俺、ずっと麻衣が何言っても断れないの、心配したよ!」
と、俺は泣き出しそうなのをこらえて出来るだけ明るく元気に取り繕った。

彼女はとてもホッとしたような顔をして何度も俺にお礼を言った。
俺から好かれている訳じゃない事がわかって、そんなに嬉しかったのかな。

昨日の話です。もう色恋は諦めますた。一生一人でかまいません。

24: 名無しさん 2018/08/13(月)12:10:39 ID:vu8
教授「じゃあちょっと二人か三人でこのことについて話し合って」
(ガヤガヤ)

ぼっち「・・・」←最前列の右端に一人で座ってる

教授「・・・君!一番前の君は話しあったのか?」←マイク入ったまま大声で

ぼっち「いえ・・」

教授「君毎回一人だけど授業困らない?」

ぼっち「特には・・・」

教授「え?今話し合ってないけど大丈夫なの?」

ぼっち「いや、あの・・・」

教授「指示したことができなくても問題ないってこと?」

ぼっち「そ、そうではなくて、一人で考えて・・・」

教授「一人じゃ話し合えないでしょ!?2・3人でやれっていっただろ?」

教授「これ試験だったらどうするの君?落ちちゃうよ?」

ぼっち「それならしょうがないです・・・」

教授「ふーん、名前なんて言うの?あと学籍番号」

ぼっち「いや、名前とかは・・」

教授「いやじゃなくて、これ中間の課題にするから成績つける関係で名前分からないと困るの」

ぼっち「もういいっす」(ダッ)←ノートと筆記用具ときもいリュックを小脇に抱えてものすごい速さで退出w

教授「何、どうしたの」

教授「何しに来てたんでしょうね彼は」
(ドッ)教室中大爆笑w

30: 名無しさん 2018/08/13(月)12:12:14 ID:vu8
なあ、お前と飲むときはいつも白○屋だな。
一番最初、お前と飲んだときからそうだったよな。
俺が貧乏浪人生で、お前が月20万稼ぐフリーターだったとき、
おごってもらったのが白木屋だったな。
「俺は、毎晩こういうところで飲み歩いてるぜ。金が余ってしょーがねーから」
お前はそういって笑ってたっけな。

俺が大学出て入社して初任給22万だったとき、
お前は月30万稼ぐんだって胸を張っていたよな。
「毎晩残業で休みもないけど、金がすごいんだ」
「バイトの後輩どもにこうして奢ってやって、言うこと聞かせるんだ」
「社長の息子も、バイトまとめている俺に頭上がらないんだぜ」
そういうことを目を輝かせて語っていたのも、白○屋だったな。

あれから十年たって今、こうして、たまにお前と飲むときもやっぱり白○屋だ。
ここ何年か、こういう安い居酒屋に行くのはお前と一緒のときだけだ。
別に安い店が悪いというわけじゃないが、ここの酒は色付の汚水みたいなもんだ。
油の悪い、不衛生な料理は、毒を食っているような気がしてならない。
なあ、別に女が居る店でなくたっていい。
もう少し金を出せば、こんな残飯でなくって、本物の酒と食べ物を出す店を
いくらでも知っているはずの年齢じゃないのか、俺たちは?

でも、今のお前を見ると、
お前がポケットから取り出すくしゃくしゃの千円札三枚を見ると、
俺はどうしても「もっといい店行こうぜ」って言えなくなるんだ。
お前が前のバイトクビになったの聞いたよ。お前が体壊したのも知ってたよ。
新しく入ったバイト先で、一回りも歳の違う、20代の若いフリーターの中に混じって、
使えない粗大ゴミ扱いされて、それでも必死に卑屈になってバイト続けているのもわかってる。

だけど、もういいだろ。
十年前と同じ白木屋で、十年前と同じ、努力もしない夢を語らないでくれ。
そんなのは、隣の席で浮かれているガキどもだけに許されるなぐさめなんだよ。

37: 名無しさん 2018/08/13(月)12:14:51 ID:vu8
とある田舎に若い夫婦が暮らしていた。
妻は子供を身ごもっていて夫婦は生まれてくる日を
楽しみに待ちわびていた。

ところがある夜、妻は急に苦しみだしたのだ。
病院はかなり遠くにあり、夫は病院に電話連絡して 妻を車に乗せ向かった。

数キロ走ったところで老人が手をあげて道ばたに現れた
「車のタイヤがパンクしてしまった手伝ってくれないか、急ぎの用事があるんだ」と言う。

夫も早く病院に着きたかったので老人の言葉に「俺だっていそいでるんだ!!」と
怒り気味に答えそのまま通り過ごした。

しばらくして男は病院に着いたが医者がまだ到着していないと言う。
処置室で夫婦は医者をまっていたが妻の容態は悪化し何の手を打たぬまま妻はかえらぬ人となった。

夫は医者を呪った。電話をしていたのに何故来ない!!!
この怒りを医者にぶつけてやろうと思っているとき

「おそくなってすみません」と頭を深々下げ医者が到着した。
夫は、怒りの罵声をあげようとした。その瞬間言葉につまった。。。

頭を上げた医者は途中で助けを求めたあの老人だった。

43: 名無しさん 2018/08/13(月)12:16:11 ID:vu8
特番で後味悪すぎて現在進行形のやつ。
新聞配達の少年がたまたま通りかかったDQNのガキ集団にリンチされて昏睡。DQN放置。
4時間後に心配して探していた母親が発見。

命を取り留めるも知的障害、記憶障害、顔面麻痺、指先の機能障害が残ってしまい、
進学を諦め学校を退学せざるをえなくなった。
成人して暫く経つが仕事がみつからない。勤め先をつてを頼りに公務員の障害者枠に入れ、
事務や雑用をこなすようになる。

その姿をカメラで撮影。両親が控え室からモニターで見て
「よかったね。ああ、ちゃんと仕事を覚えられるんだ。忘れないんだ。よかったよかった。」
と涙を流していた。

取材中、チェーンの飲食店で記者と差し向かいでハンバーグ食べるシーンがあるんだけど
「口が閉じられないんだ。だからこうしてるの」と
咀嚼のたびに手で顎と唇を閉じているのが悲しかった。
手を添えないと顎がだらりと下がってしまう。

「熱いうちに食べて火傷しないの?」の問いに「美味しいものは熱いうちにたべたいから」
と麻痺した顔でぎこちなく笑うのが今思い出しても胸苦しいわ。
彼は一生後遺症に苦しまないといけないんだから。

一方DQNのガキどもは一番重い刑で1年ぐらい少年院に入って
みんな結婚して子供作って普通に暮らしているという。

65: 名無しさん 2018/08/13(月)12:22:19 ID:vu8
知り合いの話なんだけど
そいつが無職スロプーで
母親と二人暮らしなんだけど母親が突発性の緑内障になり
今すぐ病院に行かないと失明する、ってくらいヤバいときに
金がないんで放置してたら そいつに別居してる兄貴がいて
「とにかくすぐに病院連れて行けよ!」って20万置いて行った
兄貴も忙しいんで金置いて仕事に戻ったらしいんだけど
そのバカは置いていった金に手をつけて「押忍 番長!」を打ち
結局20万全部負けた
母親には適当にドラッグストアで買った目薬を与えて寝かせておいた
母は地獄の苦しみの中で
「ああ、ありがとう、XXちゃんが目薬買ってきてくれたんで楽になったよ」
と言いながら食事もとらず ボロ布団のなかで徐々に失明していった
衰弱しきった母を兄が救急車で運んだときには完全に失明し極度の栄養失調
に陥ってたらしい

マジで実話です ほんとうに人間って怖いわ

80: 名無しさん 2018/08/13(月)12:27:02 ID:vu8
私の母は昔から体が弱くて、それが理由かは知らないが、
母の作る弁当はお世辞にも華やかとは言えない質素で見映えの悪い物ばかりだった。
友達に見られるのが恥ずかしくて、毎日食堂へ行き、お弁当はゴミ箱へ捨てていた。
ある朝母が嬉しそうに「今日は〇〇の大好きな海老入れといたよ」と私に言ってきた。
私は生返事でそのまま高校へ行き、こっそり中身を確認した。
すると確に海老が入っていたが殻剥きもめちゃくちゃだし
彩りも悪いし、とても食べられなかった。
家に帰ると母は私に「今日の弁当美味しかった?」としつこく尋ねてきた。
私はその時イライラしていたし、いつもの母の弁当に対する鬱憤も溜っていたので
「うるさいな!あんな汚い弁当捨てたよ!もう作らなくていいから」とついきつく言ってしまった。
母は悲しそうに「気付かなくてごめんね…」と言いそれから弁当を作らなくなった。
それから半年後、母は死んだ。私の知らない病気だった。
母の遺品を整理していたら、日記が出てきた。
中を見ると弁当のことばかり書いていた。
「手の震えが止まらず上手く卵が焼けない」 日記はあの日で終わっていた。

166: 名無しさん 2018/08/13(月)13:13:29 ID:GfQ
>>80
出てたわ
これほんとつらい

84: 名無しさん 2018/08/13(月)12:28:15 ID:vu8
会社の帰りの時間でした。夜8時頃だったと思います。

日本橋はサラリーマンが多い街ですから、夜の8時といえば帰宅するサラリーマンや
一杯やっていこうとするサラリーマンで賑わう時間です。
交差点で信号待ちをしていると、原付と車が衝突しました。事故です。
結構な勢いだったので原付に乗ってた方の人が勢いよく飛ばされて
私を含めたサラリーマンの塊が信号待ちをしている横断歩道の前に投げ出されました。
顔は血だらけで、頭からはおびただしい血がどろどろと流れ落ちていました。
私はびっくりして119番しなければと思いながら携帯を取り出そうとしつつ
何気なくあたりを見てみると、信号待ちをしているサラリーマンが
老いも若きもこぞってその血だらけの人を携帯カメラで撮影しだしたんです。
ぞろぞろと前に携帯をかざしながら、顔はニヤニヤと。
あるものは、同僚と話しながら。
「ヤベー、コレ。エグいなあ」とか
「すげーもんに出くわしたなあ」とか
結構立派そうな服装のサラリーマンや年配の方も。
誰も止めに入らない。撮影をやめない。
私は119番し、その場を足早に立ち去りました。
あそこに1分でもいたくなかったからです。
あの時。携帯カメラで撮影してた人たちのなんともいえない悪意ある笑みを
今も忘れることができません。
日本はやっぱり病んでるんですね。
いや、ひょっとしたら私が狂ってるんですかね。

87: 名無しさん 2018/08/13(月)12:29:03 ID:vu8
小学生の頃、クラスにWさんという女子がいた。彼女は先天的な病で体がただれていて、声もうまく発声できなかった。
大人しい子でいつも本を読んでいた。
男子の友人はいなかったが、女子の友人は不思議と多いようだった。

修学旅行で旅館に泊まった時、友人が女子の部屋に遊びに行こうと言い出した。
俺も同意して、どうせだからこっそり行って驚かせてやろうってことになった。
そしてクラスで一番人気のあった女子のいる部屋に行く事となった。
こっそりドアを開けると(どのように鍵を開けたかは忘れた)恐ろしい光景が。

体育座りで座り込むWさんを円になって囲むようにクラスの女子全員が立っていた。
そして、Wさんに対して「豚」「焼けど野郎」などと罵声を浴びせていた。
さらにクラスで最もかわいかった子が「じゃあ、カツラはずしまーす」と笑いながら言ってWさんの頭に手を伸ばした。

次の瞬間、Wさんの髪の毛が全部その女の手にあった。Wさんは頭皮も病気で、髪の毛が生えないためカツラをしていたのだ。
男子は誰もそれを知らなかった。ショックで何が何だかわからない俺の前で女子はWさんを蹴飛ばしたりカツラをライターであぶったり。
Wさんはかすれた声でうめく。助けを呼びたくても呼べないのだ。
俺と友人は無性に怖くなって見つからないように逃げた。

次の日、Wさんもクラスの女子も何事も無かったように京都を観光していた。
それが一番怖かった。

時がたって同窓会が開かれた。Wさんはすでに亡くなっていた。
俺は思い切って女達に修学旅行でのことを聞いてみた。
すると例の一番かわいかった女の子が「あんなの別に死んだっていいじゃん」といった。

趣旨がちょっと違うかもしれないが、これが俺の経験した最も怖い話です。

116: 名無しさん 2018/08/13(月)12:36:32 ID:vu8
いつも踏み切りの所で電車を見てる池沼がいたんだけど
その親に腕をガッチリ捕まれてて、電車が来ると
「でんちゃでんちゃでんちゃっちゃー!!」とか
いいながら電車に向かっていく勢いなんだけど、親が
「危ないから、危ないから」といいながら必死に捕まえてるんだよ、
そんな事が毎日朝8時からよる10時
くらいまで続いてたんだ。
だけどある日その踏み切りに言ったら
電車が踏み切りを過ぎた所で停車してて回りをブルーシートで囲まれて
たんだ、何があったのか周りの人に聞いたらど
うやら池沼が電車に突っ込んでバラバラになったらしいんだ
一部始終見ていた人が今まで腕を捕まえて
放さないようにしていた池沼の親がその時は電車が来た時に
その腕を放して「ごべんねぇー!!!!」と
いいながらその場に泣き崩れたらしい。
まぁ7年間毎日14時間も池沼と一緒に
踏み切りにいればそうしたくもなるわと思って納得した。

134: 名無しさん 2018/08/13(月)12:44:43 ID:vu8
俺は高校の時、DQN4人組にずっと悪質ないじめを受けていた。
チンポの写メとられたり、殴られたり、クラスの前でからかわれたり
机に悪口を掘られて、そこに修正液を流し込んで、悪口を消えなくしたり
牛乳パックを投げつけられたり、本当にいろいろされて死にたかった。
俺はそれがトラウマで高校はなんとか卒業したが、大学には通えなくなった。
今は底辺ニートやってるよ。

去年、急に俺のところに高校の同窓会の連絡が来たんだ。
いままで、一回も呼ばれたことなかったのにな。
俺は24歳ニートだったからもちろん断ろうとおもったよ。
でも、しつこく誘おうとしてる奴がDQN4人組の一人だと知った。
俺は同窓会に出ることに決めた。
同窓会が盛り上がってる最中に俺に人生狂わした4人のだれかをぶん殴って
それで出て行こうと思った。
で、同窓会なんだけど最悪だった。あいつら4人は本当に最低だった。
あいつら4人は同窓会遅れていった俺の近づいて来て、いきなり誤り始めた。
「昔、いじめて本当にごめん。ずっと反省してたんだ。
一度、いじめた俺たち四人全員で誤りたかったんだ」
と言って、真剣に俺に謝ってくる。
同窓会終った後に、更に俺を呼び出して 「お前の傷が治るかわからないけど、本当に許してくれ」
とDQNリーダーは土下座までしてきた。
DQNの二人は旧帝卒のエリートになっていて、
残り二人もしっかりした仕事に就職した立派な社会人になっていた。
俺は悔しかった。DQN4人は最後まで極悪のDQN4人でいてほしかった。
なのに、会ってみると、人のできた立派な人間になっていた。社会的立場も良好だった。
逆に、俺は高校卒業からずっとニート、更にずっとお前らを憎んできて、人間性なんて形成されずに止まってる。
社会性なんて身につきもしなかった。
俺の憎しみは対象を失って自分に帰ってきた。
同窓会の日はすごく死にたくなった一日だった。

139: 名無しさん 2018/08/13(月)12:48:30 ID:vu8
普段は友人として普通に接している連中相手でも、みんなで飯を食いに行く時とか特に壁を感じる
俺が「そろそろ行こうぜ」って言っても、みんな「うんそうだねー」って感じで全然動き出さないけど、他の誰かが「行くか」って言うと動き出す
俺がいなくても何事も無いかのように進むけど、他の誰かが欠けてるとそいつに連絡取ったり待ったりする
俺以外の奴が財布を取りに行ったり便所行ったりするとみんなそれを待つけど、
俺が靴ひも結んでたりしてても完全無視でみんな先に行く

どの食堂に行くかという話で俺の案は採用されない
食べ始めるのはみんなが席につくまで待つのが基本だけど、俺が最後のときはみんな既に食べ始めている
食後、普通は食器を全員が片付けるのを待ってから食堂を出るのだが、俺が最後のときはみんな先に帰り始めている
横に並んで歩いている時、俺の両隣りが徐々に迫ってきて遂には俺は後ろへ追いやられて、
みんなの後ろをトボトボ歩く羽目になる
誰かが購買に寄るとみんなついていくが、俺が行くときは誰もついてこない

これらの行為は作為的なものではなく、無意識なものだと思う
みんなが特に俺への接し方に差をつけてるのではなく、ただ俺の存在や影響力が薄すぎるだけなのだろう
たぶん、俺だけこんな空気な扱いになってることにも気付いてない気がする
みんなのことは憎くないけど、自分の不甲斐無さが憎い
こういうことが続くと、一人が楽だなーって思う

152: 名無しさん 2018/08/13(月)12:55:13 ID:vu8
俺が小学5年生の時、クラスに貧乏な家の男の子D君がいたんだ。
彼は給食費を払うことができなかったらしい。
なぜなら、担任が給食の時間
毎日のように、「D、ただ飯はうまいか?」と言っていたからだ。
D君は引きつった様な顔でぺこりと頭を下げていた。
たまに給食を残したりしようものなら、
「お前は金を払わないのに食べれるんだから残す事は許さない。」と教師に言われ、
掃除の時間中後ろにずられた机の中でモクモクと食べていた。
これが、クラスの悪ガキのいじめならば、誰か止めに入る事ができたのだろうが
担任のいじめとなると、どうしようもなかった。その担任の教師は、自分のお気に入りの
女子の生徒を膝の上に乗せたりしたり、嫌いな子にはビンタするという、ひいきを平気でするような先生だった。
 そして事件が起きたんだ。授業中にD君が飛び降りた。3階からだったんだけど下が花壇で、助かった。
D君の机の上に紙が置いてあった。俺は隣の席でその紙の内容は知っていた。
[担任の先生に怒られて叩かれる。僕は駄目な人間だから死にます。]みたいな内容だった。
担任は、その遺書のようなものをサッとポケットに入れて、飛び降りた理由も僕を含めた
五人の児童になすりつけた。
世の中悪が勝ち、正直者が泣くと思わされたトラウマです。

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